相続税対策の1つ「相続時精算課税制度」とは何か?
この記事の目次
不動産を保有している人にとって相続税対策は重要な課題となります。
相続税対策の方法としては、毎年110万円の非課税枠の範囲内で贈与を繰り返す「暦年贈与」と呼ばれる手法が有名です。
最近では相続税対策の方法として「相続時精算課税」という制度も注目されています。
相続時精算課税制度について、適用を受けるための要件やメリット・デメリット、暦年贈与との違いなどを解説します。
なお、この記事に掲載している情報は公開時におけるものです。
税制は頻繁な改正があるため、常に最新の情報をご確認ください。
- 相続時精算課税制度は親や祖父母からの資金援助を容易にすることを目的とした制度
- 相続時精算課税制度を選択すると、後から暦年贈与に変更できない
- 相続時精算課税を利用して贈与税が非課税となっても、相続開始時点で相続税の課税対象となることがある
1.相続時精算課税制度とは
相続時精算課税制度は、相続税対策に関する方法の一つとして注目されています。
相続時精算課税とはどのような制度か、詳しく解説します。
1-1.相続時精算課税制度の仕組み
相続時精算課税制度とは、原則として60歳以上の父母又は祖父母から、20歳以上の子又は孫に対し、財産を生前贈与した場合に適用できる税制です。
親や祖父母が子どもや孫に対して行う教育費用や結婚費用などの資金援助を容易にすることを目的として、2003年の税制改正によって導入されました。
相続時精算課税制度を利用すると、親や祖父母から生前贈与が行われた場合、合計2,500万円の贈与分までは贈与税が課税されません。
ただし、贈与者が亡くなったときの相続税は、生前贈与された分を相続財産に含めて計算されます。
相続時精算課税制度は厳密には節税というより、課税時期を先送りするものといえます。
もっとも、相続時精算課税制度で後から課税されるのは贈与税ではなく相続税です。
相続税については基礎控除(相続人1人の場合は3,600万円)が設けられているため、相続財産と生前贈与した財産の合計が基礎控除以下であれば、生前贈与の分も含めて最終的に課税されません。
相続税の基礎控除以下となる場合、生前贈与について相続時精算課税制度を利用することが節税としても意味を持ちます。
なお、相続時精算課税制度を選択した場合には、贈与者1人について「総額」2,500万円までの贈与が対象となります。
複数回に分けて生前贈与を受けたとしても、贈与された財産の合計が2,500万円になるまでは相続時精算課税制度の対象にできるのです
また、相続時精算課税制度における2,500万円の非課税枠は「贈与者ごと」に付与されます。
例えば、子どもが両親から生前贈与を受ける場合、それぞれ2,500万円ずつ、あわせて5,000万円までを相続時精算課税制度の対象にできます。
1-2.相続時精算課税制度の適用要件
相続時精算課税制度の適用には、贈与をする者(贈与者)と贈与を受ける者(受贈者)の両方が、次の条件を満たしている必要があります。
なお、受贈者の年齢について2022年4月1日以降の贈与については18歳以上となります。
贈与者 | 贈与をした年の1月1日において60歳以上の者 |
受贈者 | 贈与をした年の1月1日において60歳以上の者 |
また、相続時精算課税制度は適用要件を満たした場合に自動的に適用されるわけではありません。
当事者が相続時精算課税制度を利用するかを選択します。
もし、相続時精算課税制度の適用を受けたいのであれば、贈与を受けた年の翌年2月1日~3月15日までの贈与税の申告期間内に、贈与税の申告と一緒に「相続時精算課税選択届出書」を提出する必要があります。
ただし、相続時精算課税選択届出書を一度提出すると、後から撤回できないことには注意が必要です。
届出書の提出後は、次に説明する「暦年贈与」に途中から変更できなくなるためです。
このため相続時精算課税制度は、暦年贈与との違いや、相続時精算課税制度のメリットやデメリットをよく理解してから利用することが重要といえます。
2.相続時精算課税制度と暦年贈与との違い
「相続時精算課税制度」と「暦年贈与」にはどのような違いがあるのでしょうか。
暦年贈与の仕組みとあわせて解説します。
2-1.暦年贈与による相続税節税
従来、相続税対策として行われてきたのが「暦年贈与」と呼ばれる生前贈与です。
暦年贈与は、相続時精算課税制度の適用を選択しなければ、現在でも利用できます。
暦年贈与の仕組みについては以下のとおりです。
生前贈与が行われる場合、本来であれば贈与税の課税対象となります。
ただし、贈与については年間110万円の基礎控除が認められています。
毎年110万円以内の贈与を繰り返すことで、贈与税の課税を回避しながら親や祖父母から子どもや孫に財産を移転できるのです。
本来であれば相続税の課税対象であった相続財産を、生前贈与の110万円の非課税枠を利用して移転することによって、贈与税と相続税の両方の課税を回避することが可能となります。
このように、毎年110万円以下の贈与を繰り返す相続税対策の手法を「暦年贈与」といいます。
ただし、暦年贈与は贈与の仕方によって、贈与税が課税されることもあるため注意が必要です。
具体的には、毎年110万円を定期的に10年間贈与したケースで、課税当局に「1,100万円を10年間にわたり年110万円ずつ贈与する」という贈与契約であると解釈された場合、1,100万円を一括贈与したものと扱われてしまうのです。
このように複数年に分けて行われた財産の移転が一括贈与とみなされることを「連年贈与」といいます。
暦年贈与が連年贈与とみなされないためには、次のような事情が必要と考えられています。
- 毎年の贈与の度に贈与契約書を作成している
- 毎年の贈与の時期が一定ではない
- 贈与が銀行振込で行われており、金銭の授受の証拠がある
- 贈与をした複数年のうち1回は110万円を超える贈与をしたことがある
もっとも、上記の事情をすべて満たしたからといって「暦年贈与」として扱われるとは限りません。
暦年贈与については節税効果が不確実というデメリットがあります。
2-2.暦年贈与と相続時精算課税制度の比較
現在、節税を図りながら親や祖父母から子どもや孫に財産を移転する方法として、暦年贈与と相続時精算課税制度の2つがあることになります。
いずれを選択すべきであるかは個々の事情によって異なるでしょう。
まずは、次の表にまとめたような両方の制度の基本的な違いを理解しておくことが重要です。
なお、相続時精算課税制度のメリットとデメリットについては、後で詳しく説明します。
暦年贈与 | 相続時精算課税制度 | |
税率 | 年間110万円を超える贈与額について、10〜55%の累進課税 | 2,500万円を超える贈与額について、一律20% |
受贈者 | 制限なし | 20歳以上の子や孫のみ |
贈与税の非課税枠 | 年間110万円まで非課税 | 贈与者1人について、総額2,500万円まで非課税(ただし、相続時に贈与税を精算する必要) |
2-3.相続時精算課税制度から暦年贈与に変更できない
繰り返しになりますが、相続時精算課税制度の届け出をすると、同じ贈与者からの生前贈与について暦年贈与は利用できないことに注意が必要です。
ただし、相続時精算課税制度の対象は贈与者ごとに判断されます。
父親からの贈与には相続時精算課税制度を利用し、母親からの贈与には暦年贈与を利用するという選択も可能です。
3.相続時精算課税制度を利用する際の注意点
相続時精算課税制度を実際に利用する際はメリットとデメリットを理解しておく必要があります。
3-1.相続時精算課税制度のメリット
贈与者の全財産が相続税の基礎控除以下となる見込みであれば、相続時精算課税制度を利用することによって、節税しながら子どもや孫に財産を一括で渡せるメリットがあります。
ただし、通常の贈与であっても贈与した財産の使用目的によっては一括贈与が非課税となる制度が設けられています。
具体的には、教育資金や結婚・子育て資金、住宅取得等資金として生前贈与をする場合、一定の条件を満たせば贈与税が非課税となる制度です。
目的 | 概要 | 適用期間 |
教育資金 | ・親や祖父母(贈与者)が、金融機関に子どもや孫(受贈者)名義の口座等を開設して教育資金を一括贈与する場合に適用 ・子どもや孫ごとに1,500万円が非課税 |
平成25年4月1日から令和5年3月31日 |
結婚・子育て | ・親や祖父母(贈与者)が、金融機関に子どもや孫(受贈者)名義の口座等を開設して結婚・子育て資金を一括贈与する場合に適用 ・子どもや孫ごとに1,000万円が非課税 |
平成27年4月1日から令和5年3月31日 |
住宅取得等 | ・親や祖父母等が住宅取得等の資金を贈与する場合に適用 ・子どもや孫ごとに契約締結の時点に応じた非課税枠を付与 |
平成27年1月1日から令和5年12月31日 |
出典:財務省「相続税に関する資料」を元に作成
通常の贈与における上記の非課税枠については、2021年4月1日時点において適用される期間が限定されています。今後の税制については最新の情報をご確認ください。
相続時精算課税制度では、贈与した財産の使用目的に限定なく適用を受けることができます。
もっとも、相続時精算課税制度についても、結婚資金や教育資金などの贈与に利用されることが多いでしょう。
なお、相続時精算課税制度においても令和3年12月31日までの間の措置として、住宅取得等資金の贈与の場合には贈与者の年齢要件が撤廃されるという特例が設けられています。
贈与者が会社経営者や不動産投資家の場合、保有する株式や不動産などの資産を、一時的に値下がりしたタイミングで相続時精算課税制度を利用して生前贈与すれば、相続財産の圧縮による節税効果が見込めることもポイントです。
3-2.相続時精算課税制度のデメリット
相続時精算課税制度のデメリットとして、相続時精算課税制度を適用した不動産には「小規模宅地等の特例」が利用できない点が挙げられます。
「小規模宅地等の特例」は自宅の相続を優遇するため、相続財産のうち居住用等の宅地に関して、一定の要件のもとで評価額を80%減額して相続税を算定する制度です。要件を満たせば非常に大きな節税効果があります。
相続時精算課税制度の届出を行うと以後の変更は認められないため、自宅など居住用の宅地がある場合には相続時精算課税制度の対象とならないよう、留意しておく必要があります。
4.まとめ
相続時精算課税制度は節税手法の一つとして挙げられることが多いのですが、実際には課税時期を先送りするに過ぎないことは理解しておく必要があります。
もっとも、相続財産と贈与分をあわせても相続税の基礎控除以下であれば、相続時精算課税制度を利用することは課税の先送り以上のメリットがあります。
相続に関する税制は頻繁な改正があることに加え、制度が適用されるための要件も非常に複雑です。
本格的に相続税対策をしたいという場合には、税理士などの専門家に相談することも必要でしょう。